今再び山谷へ戻る理由

 

昨日、東京MXの「5時に夢中!」の撮影で久しぶりに山谷に訪れた。東京オリンピック間近の東京、至るところで再開発という大義名分の元、恐ろしい速さでもって街がピールされている。まさに戦火で失われた、昭和初期の銀座を見るような思いだ。私が山谷で働いていたのは2013年の夏までと記憶する。

 

その時ですら、もうこの街は「山谷」と呼ばれるだけでそこにかつて皆がイメージした「山谷」というものは消失しつつあった。山谷という地名が地図から消えた昭和43年、そして肉体労働者の街から、福祉の街、介護の街、生保の街と呼ば名も変わってきた。

 

昨日南千住の駅を降り立って、一段と綺麗に、言い換えれば「普通の街」になったことを再確認する。泪橋交差点まで来ても、かつて感じた見えない負のカーテンはどこにもなかった。

 

やはりここは山谷でもなんでもないんだ。

渋谷LOFTや新宿ベルクで開催した写真展、「消える山谷、拡散する山谷」のように、社会問題とされるものは山谷からより広域に広がっているという想いはあいかわらず・・・

 

テレビのスタッフさん達と山谷を歩きながら撮影して「追分」という昔ながらの大衆居酒屋に入った。

あ、やっぱここは山谷なんだ。店に漂う雰囲気、ニオイ、壁の汚れ、罵声。

ここはあの時と変わっていない、やはり山谷はおじさん達の心の中に根付いているんだ。素直に感じた。

 

この人達がいなくなったらそれこそ山谷はただのカオサンになるか、消えるかだ。

 

なんだか、今再び山谷へ戻らなくてはいけない気がした。

 

5時に夢中は明日放送です。

 

 

 

 

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